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世界中の本好きのために

西垣通

Profile

1948年、東京都生まれ。東京大学工学部計数工学科卒業。日立製作所に入社し、その間客員研究員としてスタンフォード大学に留学。1982年、東京大学で工学博士を取得。その後、明治大学教授、東京大学情報学環教授等を経て、現職。東京大学名誉教授。 著書に『集合知とは何か―ネット時代の「知」のゆくえ』(中公新書)、『生命と機械をつなぐ知-基礎情報学入門』(高陵社書店)、『スローネット―IT社会の新たなかたち』(春秋社)、『ネットとリアルのあいだ―生きるための情報学』(ちくまプリマー新書)など多数。『デジタル・ナルシス』(岩波書店)ではサントリー学芸賞(芸術・文学部門)を受賞した。

Book Information

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既存の学問とは違う“新鮮な知”を作りたい。



東京大学工学部を卒業後、日立製作所に入社し、コンピュータ・システムの研究に従事。1979年には情報処理学会論文賞を受賞。スタンフォード大学へ留学後、工学博士を取得。その後明治大学教授、東京大学情報学環教授などを経て、東京経済大学コミュニケーション学部の教授に。東京大学名誉教授。著作は『こころの情報学』『ネットとリアルのあいだ 生きるための情報学』『集合知とは何か ネット時代の「知」のゆくえ』などがあり、1991年には『デジタル・ナルシス』でサントリー学芸賞を受賞されました。エンジニアとして働かれていましたが、既存の学問領域の枠を超え、理系、文系、両方の分野に関する執筆活動を行っています。ご経験を交えながら、哲学の重要性から電子書籍の良さや問題点まで語っていただきました。

幼い頃の夢は、国を立て直すエンジニア


――西垣さんの文学的素養はいつ頃、どのようにして育まれたのですか。


西垣通氏: 私の父親は詩人である伊東静雄の弟子で、俳句なども作っていて、どちらかと言うと和風な文化だったのですが、ヨーロッパやアメリカなんかの古い小説なども沢山買ってもらい、それを読んで育ちました。それが私の原体験で、今でもそういう文章に触れるのは私の楽しみですね。

――文学とたくさん触れ合う中、合唱隊にも入っていたそうですね。


西垣通氏: はい。東京少年少女合唱隊という本格的な合唱団に入り、NHKの「みんなのうた」で歌ったこともあります。ミサから始めて、西洋のクラシックな音楽をきちんと教わったことは、私にとって非常に大きな体験でした。それは西洋文明の根本であり、グレゴリアン・チャントの音色や多声音楽などの世界は、実はコンピュータと共振しているのです。多くの日本人は「コンピュータとはそういうものだ」と、分かっていないだけなのです。普通の団塊世代はビートルズ世代と言われていますが、私はむしろ、クラシックの音楽を、ラテン語で歌ったりしていました。それが小学校、中学校の初め頃でした。

――文学系に進みそうな原体験ですが、東大へは理科Ⅰ類へ進まれたそうですね。


西垣通氏: 確かに、家庭は完全な文科系で、文学、歴史、哲学などの本がたくさん並ぶ環境で育ちました。ですが、私が小さい頃の日本は、高度成長していく以前で、とても貧しい国でした。たくさんの発明をし、科学技術を振興させて国を立て直す気運があったのです。日本を立て直していくエンジニアは、一種の花形だったのです。「その中の1人になりたい」、「理Ⅰからエンジニアに」という想いを小さい頃からもっていました。また、理系の勉強は嫌いではなく、特に物理学は割と好きだったので、理系に進みました。ところが、実際に進んでみると、製図や実験が得意ではなくて。手が動かないのです(笑)。工学部では苦労しました。

コンピュータを単に使うのではなく、本来の意味を探る


――エンジニアとしての活躍の場を日立に決めたのは?

西垣通氏

西垣通氏: 情報社会がだんだん発展する中で、エンジニアとしてコンピュータのシステムを作るだけではなく、もう少し広く、人間にとって、社会にとってのコンピュータを考えたいと思いました。単に便利なものを作ろうということだけではなく、私の問題意識として、「コンピュータとは本来なんだったんだろう」という想いがあり、単に最先端テクノロジーを追っていればいいという気持ちはなくなっていきました。元々学問というのは、西洋ではリベラルアーツが根本で、修道院から出てきた。宗教や哲学などと結び付いたかたちで発展してきているわけです。そういった歴史的背景などがとても面白くなり、コンピュータを単に使うのではなく、例えば生物学や進化の問題、文学や哲学など、もっと広い文脈の中で情報社会というものを捉えていこうと。電子書籍もそうなんですが、こういう視座をもつことは、ITを上手に使っていく秘訣だと思います。そうしなければ、“テクニックのためのテクニック”という風に必ずなるのです。そういうわけで、大学を出てすぐに、日立に勤めました。

――どういったことをされていたのでしょうか?


西垣通氏: 第一線のコンピュータエンジニアリングに関わって、OSなどの開発をおこなう研究所にいました。そのときも「ある限定された領域の専門家というのは立派だが、それだけではつまらない。自分はちょっと違うことをやろう」という思い、とくに“ITを人間にとって良いものにしたい”という思いがありましたね。
その後、スタンフォード大学への留学を経て、日立に戻り、現場の工場で働いていたところ、働きすぎたのか過労で体を壊してしまいました。椎間板ヘルニアになってしまったのですが、一時は歩けないところまでいきました。ひどい環境にいたわけですが、研究所長としては現場に行って体験を積んでこい、人脈も作ってこいという親心だったのだと思います。工場に行って分かったことは、一般の工員さんを「使う」という上から目線でいてはダメだということ。IT開発の現場で一生懸命働いて苦労している人たち、そういう人たちの気持ちというものをそこで学びました。

――その後は、アカデミズムの道へ。


西垣通氏: 戻りました。最初はコンピュータの初歩を教えながら、余った時間にコンピュータ文化論や情報社会論を書いていました。そういうものを世間が求めていて、マスコミで評判になり、また東大へ戻りました。理科系の工学者というよりは、むしろ、情報文化論や情報社会論の、文科系の学者として戻ったのです。そうは言っても根本は理系ですので、理系の知識に基づいて文科系の問題を考えています。東大の情報学環という新しい大学院では、情報というものを基礎から考えようということで、基礎情報学という分野を開拓していきました。

――基礎情報学も含め様々な領域で本を出版されていますが、どんな想いで執筆されていますか。


西垣通氏: 今みんなが本当に悩んでいる、或いは、分からないけれども抑圧されていることを、分かりやすく表現したい、自分なりに解を作っていきたい、と考えながら書いています。それは、もちろんコンピュータの理論だとか生物学とか、多くの学問領域とも関わるのですが、非常に不思議なことに、ある意味では文学的世界とも関わりが深く、それが面白いのです。

――今まで読まれた本からも影響を受けていますか?


西垣通氏: ガルシア・マルケスという大作家がいらして、『百年の孤独』という作品が有名なのですが、私が一番好きなのは『族長の秋』です。80年代に集英社から、『ラテンアメリカ文学全集』というのが出て、一時期、日本でもラテンアメリカ文学が浸透し、マジックリアリズムというのが流行った時代がありました。それに私もすっかり入れ込みました。アメリカに留学している時も、休暇にはメキシコなどを訪れたことがあります。色々な思い出がありますが、そういう中で、我々が生きている世界という現実を根本から相対化していく言葉の力のようなものに接していたいという思いが強まりました。今も大学で「日本語ワークショップ」という授業をやっています。学生たちに好きな小説、詩などを持ってきてもらい、それを皆で読んだり、或いはそれの真似をして書いたりします。私にとっては本当に楽しい授業で、もしかすると学生より私が喜んでいるのかもしれない(笑)。

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