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世界中の本好きのために

渡瀬謙

Profile

1962年、神奈川県生まれ。明治大学卒後、一部上場の精密機器メーカーに営業職として入社。その後、(株)リクルートに転職、社内でも異色な無口な営業スタイルで入社10ヵ月目で営業達成率全国トップに。94年に有限会社ピクトワークスを設立し、広告や雑誌制作などを中心にクリエイティブ全般に携わる。その後、事業を営業マン教育の分野にシフト。内向型で売れずに悩む営業マンの育成を専門に、「サイレントセールストレーナー」として、全国でセミナーや講演などを行って現在に至る。

Book Information

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悩んでいる人たちへ、ヒントを与え続けていきたい



一部上場の精密機器メーカーを経て、株式会社リクルートに転職。社内でも異色な「無口な営業スタイル」で、入社10カ月目で営業達成率全国トップに。その後、有限会社ピクトワークスを設立。自ら考案した手法により新規顧客を次々と開拓し、広告や雑誌制作などを中心に活躍。その経験がのちの「TFTアポ取り法」の開発へとつながっていきました。ご自身の経験を生かしたメールマガジンは、多くの営業マンに支持され、現在は「サイレントセールストレーナー」として内向型営業マン教育のために、全国でセミナーや講演などを行っていらっしゃいます。テレビでは「たけしのニッポンのミカタ!」に出演。ラジオではトータス松本さんと対談するなど、出演多数。著書は『内向型営業マンの売り方にはコツがある』『「しゃべらない営業」の技術』『相手が思わず本音をしゃべり出す「3つの質問」』など多数。2014年2月には『朝5分!読むだけで「会話力」がグッと上がる本』を出版されました。今回は、苦手だった営業が転機を迎えたきっかけや、電子書籍について、そして執筆にかける想いを語っていただきました。

過去の自分に対して書いている


――内向型の営業マン教育に特化した講演やセミナー、研修、それから執筆といった様々な活動をされていますね。


渡瀬謙氏: 今は常に何かしらの本を書いている状態です。その合間に都内や地方都市での講演や研修などをしており、週2回くらい出掛けています。昨日は日帰りで新潟に行ってきました。移動が多いので新幹線の中で本を書いたりしますし、喫茶店などで書くこともあります。

――本のテーマはどのようにして決めることが多いのでしょうか?

渡瀬謙氏

渡瀬謙氏: インタビューを受けたり、仕事中のお客さんとの会話の中で、「あ、今のテーマは面白いな」と思い、それを膨らます、ということが多いです。『朝5分!読むだけで「会話力」がグッと上がる本』は「こんな企画で書いてください」という打診があったのです。そこで、今世に出ている会話本を色々と読んでいきました。『内向型のための雑談術』を書いた時も、雑談本を一通り読みました。すでに出ている本と同じ内容のものを書くのは嫌なので、面白いテーマがあればそれを自分なりに咀嚼して、新しいことを「自分の言葉で書きたいな」と思うのです。
僕の場合は、基本的に過去の自分に対して書いていることが多い。会話もできない、営業もできない、という自分に対して当時は悩みましたし、挫折したりつまずいたりしていました。「あの時、こんなことが分かっていればな」といったことを今執筆し、過去の自分に教えてあげているという感覚。ですから読者に押し付けるのではなく、寄り添うような文章を書くことを意識しています。

――「営業ができなかった」というのは意外です。昔から、いわゆる「内向型」だったのでしょうか?


渡瀬謙氏: そうですね。小学校の時もあまり喋らず、ほとんど誰とも遊んでいませんでした。自然の中で遊び、虫を捕まえるのが好きで、『ファーブル昆虫記』などを読んでいました。あがり症で人見知りだったので、できるだけ目立たないように、人と触れ合わないようにしていました。ですから、その頃は今のように講師という仕事をするということは考えもしていませんでした。何か具体的になりたいものなども当時はありませんでしたが、「1人でポツンとできる仕事があればいいな」ということを漠然と考えていました(笑)。しかし、なかなかイメージできないので、「そういう仕事は現実的じゃないな」とも思っていました。

自己を成長させた、辛い入院期間での読書体験


――高校生の時に、入院されていたそうですね。


渡瀬謙氏: ネフローゼという腎臓病を患い、高校2年から3年にかけての100日間入院しました。入院中は絶対安静で、食事制限もありました。高校時代は大食いだったので、入院したら病院食しか食べられないのがきつくて、病院の中で栄養失調になってしまったような感じでしたね(笑)。その入院の時に一番感じたのが、「なんで自分なんだ?」という感覚。クラスの人が見舞いに来てくれることもありましたが、僕は体調が悪くあまり喋れないので、皆がワイワイ喋っているのを聞いているだけ。病室の窓から下を眺めると、皆がじゃれあいながら楽しそうに帰っていくのが見えました。彼らは元気で健康な体を持っていて、ああやって自由に何でもできるけれど、自分だけが不自由で制限されている。「なんで自分がハズレを引いてしまったのかな」と、当時は悲観ばかりしていました。ですが、学校の先生や友達が、見舞いに来るたび自分の知らないジャンルの本をポンポン置いていったので、仕方なく本を読み始めることにしました。それらをひたすら読んで、「面白いのもつまらないのもあるなあ」と思い、そこから僕の読書歴がスタートしました。横溝正史さんや村上龍さん、村上春樹さんの小説などを読んでいましたね。

――その経験も、今につながっているという感じでしょうか。


渡瀬謙氏: 退院した時に、「地に足が着いてきた」と言われました。自分ではよく分かりませんでしたが、入院中のさまざまな読書体験がそうさせたのかもしれませんし、入院というある種特殊な、独自の体験をしたのだということに気付いたのかもしれませんね。決して良い体験では無かったかもしれないけれど、「悪いことだけではないかもしれないぞ」と。他人から見たら辛い経験でも、僕はそこから何かを学んだように思います。

――その後明治大学の方に入られますが、入院もされたので、受験は大変だったのではないでしょうか?


渡瀬謙氏: はい。退院してからも、疲れてはいけないということで、勉強にも制限があったので、現役で合格するのはちょっと無理だなと思いました。人が遊んでいる時間に勉強しないと追いつけないので、テレビを観ないということと、疲れないように12時には寝ることを自分に課すことにして、それを徹底しました。社会科の選択科目に関しては、入院中に先生から「何を選ぶ?」と聞かれ、「教科書の1番薄いやつ」と答えたら、倫理社会になりました。でも、倫理社会を選んだ人は学年でも3人くらいしかいませんでしたし、受験できる大学が少ないということに気が付き、浪人してからは日本史に切り替えたのです。日本史は全くゼロからのスタートとなったので、自分で完璧なタイムスケジュールを作りました。「今の仕事にそれが活かせれば」と思うくらい、あの頃はよくやったなと自分でも思いますね(笑)。

――大学生活はどのようなものでしたか?


渡瀬謙氏: 大学入試まではすごくストイックにやっていましたが、ゴールが大学合格という感じだったので、ちょっと気が抜けてしまいました。でも本来は大学に合格するのがゴールではなくて、大学に合格して、その上の就職などを考えなければいけなかったのですが…。やることが無くなってしまったような感覚に陥ってしまって、バイトをしているか、布団の中で一日中、本を読んでいました。ちょうど校舎が御茶ノ水にあり、神田が近かったのです。とある古本屋ではどれでも4冊100円で売っていたので、そこで本を買っては乱読していました。「1冊買ったら、頭から最後まで読まないとダメだ」といったことを言われていたので、「最初は面白くなかったとしても、最後は面白くなるかもしれない」と頑張って読んでいました。全てに該当するわけではないですが、多くの本は、最初が面白くなければ最後まで面白くないということに気付いたのです(笑)。それに気がついてからは、最初にサーっと読んで、「これはダメだ」と感じたら次、という読み方になっていきました。面白くない本を真面目に最後まで読むのは、どうしても時間の無駄だと思ってしまうのです。

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