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世界中の本好きのために

柴田真一

Profile

みずほ証券英国現地法人のExecutive Director、ドイツ勤務、ロンドン駐在などを経て、現在、目白大学外国語学部英米語学科教授。豊富なビジネス経験をもとに、『週刊東洋経済』をはじめ、『月刊The English Journal』などの英語学習誌に、ビジネス英語や欧州事情に関わる連載記事を執筆するなど、国際派人材育成にも注力してきた。著書に『金融英語入門』『使える金融英語100のフレーズ』(ともに東洋経済新報社)、『社内英語ワールドサバイバル本』(アルク出版)、『ダボス会議に学ぶ 世界経済がわかるリーダーの英語』『基礎からの英語eメール仕事術』(ともにコスモピア)などがある。

Book Information

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世界に発信できる日本人を1人でも多く



柴田真一さんは、英語とドイツ語に精通する語学教育のエキスパートで、大学教授、文筆家として活躍されています。講義、執筆に活かされているのが、銀行の海外法人での長年にわたる勤務経験。金融・経済英語やビジネス英語等、実務者に有益な情報を提供し続けています。柴田さんに、語学教育や執筆活動にかける想い、読み手、書き手として見た電子書籍の印象などをお聞きしました。

言葉の大切さを学んだ幼少期の体験


――大学での講義の内容をお聞かせください。


柴田真一氏: 授業は6コマ持っていまして、主にビジネス英語とビジネスコミュニケーションを教えています。学生からフィードバックをもらいながら、「日替わりメニュー」でやっています。ゼミは国際経済に関するもので、3年生と4年生を担当しています。サラリーマンの時はほとんど海外がらみの仕事をしてきましたので、ビジネス関係が中心です。

――幼少期から海外に行かれていたそうですね。


柴田真一氏: 父が外資系企業で働いていて、僕が小学校3年生の時に、ニューヨークの米国本社へ4ヶ月くらい短期出張していたんですが、その時1ヶ月ほど家族でアメリカを訪れました。そこで見たアメリカは豊かな国で、蛇口をひねればお湯が出る、お風呂も全部お湯が出る、今は当たり前ですけれども、そういうのを見て、「アメリカってすごい国だな」と思いました(笑)。帰りはヨーロッパ経由で帰ってきたんですが、2、3日ずつ、ロンドンやパリなど、何ヶ国かを回ってきました。そこで外国の文化に興味を持ちました。学校は、これ以上休むと進級できないギリギリのところまで休んで、ドリルや教科書をニューヨークに持って行きました。

――外国を見ることで、感じられたことはありますか?


柴田真一氏: とにかく言葉が通じないとどうしようもない、ということです。例えば父の同僚の家に行って、その家の子どもと、子ども同士で遊んでいろと言われても、話ができないから、ただニコニコしながらおもちゃで遊んだりしているわけです。子ども心に、「やっぱり外国語は大切だ」という実感、というより恐怖感みたいなものがありました。

――英語の勉強はどのようにされましたか?


柴田真一氏: 中学に入ってから学校でも英語をやることになりましたが、NHKのラジオ講座やテレビ、当時始まったセサミストリートなどを見て本場の音を聴きました。あとはビートルズなどの歌や、小林克也さんのラジオもよく聴いていました。小林さんは帰国子女ではないのに、それでもああいう風にかっこいい英語が話せるんだ、と思い、あこがれていました。

ドイツから直接イギリスへ転勤


――上智大学ではドイツ語を専攻されますが、それはどうしてだったのでしょうか?


柴田真一氏: 英語は自分で勉強しようと思って、それに加えて違う言語を勉強してみたいなということで始めました。ドイツ語かフランス語のどちらにしようか迷いましたが、男だからドイツ語、という単純な理由で選びました。それと、小学生の頃にドイツに行った時に、あるホテルの方がすごく親切にしてくれて、「ああ、ドイツっていい国だな」、となんとなく思っていたことが頭に残っていたのかもしれません。

――それから第一勧業銀行に入られて、ドイツに駐在することになったんですね。


柴田真一氏: ドイツには5年いました。フランクフルトで人事面接をした時、「将来何をやりたい?」と聞かれ、「将来は、ロンドンかニューヨークですかね」と言ったら、直接ロンドンに行く辞令が下ったんです。当時の上司からは「イギリスで2、3年、ちょっと経験を積んできてくれよ」と言われたのですが、最終的にはイギリスに15年居ました。

――イギリス英語はアメリカ英語と異なる部分もありますが、苦労はありましたか?


柴田真一氏: 私が初めに英語を勉強した時は、小林克也さんを真似ていましたので、アメリカ英語でした。ドイツにいた時も、英語を話す時はアメリカ英語でしたが、イギリスに行った時、初日に「You speak American English?」って同僚から冷たい言い方で言われて、「参ったな、これなら日本人のカタカナ英語の方がまだよかった」と思いました。それから徐々に直していきまして、1ヶ月後くらいに、その同僚から「Your English is beginning to sound like British English.」 と認めてもらえました。

ネイティブの発音を身に付けるより、意見を発信すること


――やはり、言葉の壁があるとビジネスでは相当不利になってしまうものでしょうか?


柴田真一氏: 僕は、はじめはネイティブのように話すことを目指していたのですが、ドイツに赴任になった時、ある上司から「柴田君のドイツ語は、ネイティブみたいにきれいだけど、ネイティブみたいに話せると、相手がガーッとたたみかけてくるから、ビジネスでは不利だ」といわれて衝撃を受けました。努力してせっかく発音も磨いたのにそのようなことを言われたので、その時は「なにくそ」と思ったんです。でも、ビジネスっていうのは確かにそういう部分もあると思います。それから徐々に考えが変わって、たとえブロークンであろうと、自分の意見をピシッと言うことが原点じゃないかと思うようになりました。意見は常に相手と異なりますから、着地点を見出さなければいけない。同じ土俵に乗れれば、外国人の英語であってもいいんです。フランス人はフランスなまりの英語で迫ってきます。日本ではネイティブ信仰は強いけど、そこにとらわれるとゴールのないマラソンを走っているようになります。いつまでたっても英語に自信が持てない。もっと大切なことは、意見を発信していくこと、そして信頼関係を作っていくことだと、常に学生に伝えています。おどおどして話していると、向こうも動物ですから弱い相手にはガーッときます。堂々とやることが大事です。それは難しいことでもあるんですけどね。

柴田真一氏

――ロンドンでは仕事上どのような困難がありましたか?


柴田真一氏: 私のいたロンドンの現地法人は、500人ぐらいの社員で、日本人は1割ぐらい。社長はイギリス人で、副社長はノルウェー人、僕の上司はアメリカ人といった多国籍軍なわけです。日本の本社からすれば、僕は本社の社員だから、「本社の意向をうまく伝えろ」と言いますが、現地サイドからすれば、「そんなのイギリスではできない」、と必ず板挟みになり、調整役になるのです。文化の違いもありますし、考え方の違い、発想の違いもある中で、ギャップを埋める作業を毎日していました。そうした経験を、今伝えていければと思っています。

――柴田さんの教育方針や著作には、そのような理念があったのですね。


柴田真一氏: 理念みたいなカッコイイものじゃないけれども、やっぱり表現の仕方がへただと割を食うんです。日本語で話せば素晴らしい仕事もできるし、素晴らしい意見を持っているのに、外国人が入るミーティングになると、借りてきた猫みたいになってしまう人が多い。日本人としてそれは悔しいです。どうやったら日本語を母語とする人が、外国人と同等にやって、一目置かれる存在になれるか、自分も苦い体験をして、冷や汗とか恥をたくさんかいてきましたので、それを少しでも伝えていきたいと思っています。

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