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世界中の本好きのために

町田康

Profile

1962年大阪生まれ。高校時代より町田町蔵の名で音楽活動を始める。ロックバンド「INU」のボーカリストを務め、昭和56年/1981年にアルバムデビュー。以後様々なバンドの結成・解散を繰り返す。97年に処女小説『くっすん大黒』で野間文芸新人賞、Bunkamuraドゥマゴ文学賞、2000年には「きれぎれ」で芥川賞を受賞する。01年詩集『土間の四十八滝』で萩原朔太郎賞、02年「権現の踊り子」で川端康成文学賞を受賞。05年『告白』で谷崎潤一郎賞、08年『宿屋めぐり』で野間文芸賞を受賞。他に『夫婦茶碗』『屈辱ポンチ』『パンク侍、斬られて候』『テースト・オブ・苦虫シリーズ』など多数。近著では『スピンク合財帖』などがある。

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小説は文字だけだからこそ強さがある、電子書籍になっても書くものは変わらない



今回お話をお聞きしたのは、作家の町田康さん。ミュージシャンとして活動しながら小説家デビュー。唯一無二の文体を持った作品群を発表し、芥川賞はじめ数々の文学賞を次々に受賞しました。「猫のために引っ越してきた」という熱海のご自宅に伺い、町田さんの執筆スタイルや仕事観、読書遍歴、電子書籍への印象などについてお聞きしました。

猫と犬のために仕事場所がなくなった


――連載や直近の活動について伺います。


町田康氏: 主に小説の執筆が中心で、群像で『ホサナ』っていう小説を連載しています。あとはちょっと久しぶりに、小規模ではあるんですがライブをやろうかなと思ってまして、1部が小説の朗読で、2部が演奏という形でやろうかと考えています。場所は熱海でやろうかなと。

――町田さんが熱海にお引っ越しされたのはなぜなのですか?


町田康氏: 六本木に住んでいたんですけれども、猫が結構いて、都心では限界になったので地方に行くことにしました。場所は別にどこでもよかったんですけれど、それなりの広さが必要で、探しているうちにどんどん安い方へと流れて、気が付くとここまで来ていたということですね。(笑)

――普段の執筆はこちらのお宅にある書斎などですか?


町田康氏: 最初は書斎があったんですけれども、犬が来ることになって、キープしていた仕事部屋もなくなって、家中色んなところにノートパソコンを持ち歩いて、さまよいながらやっています。

何も考えていない時に、ふとアイデアが出る


――小説のアイデアを出すために決まって行うことや場所などはありますか?


町田康氏: そういうのはないですね。書いているうちに思い付くこともあります。連載じゃなくて単発だったら、頼まれてから締め切りまでちょっと間がありますよね。その間にどうしようかな、と思いながらいると、ほかのことをしてる時に、何となく思い付いたり。掃除している時も「このチリは何ミクロンで」とか、必死に頭を働かしているわけじゃないので、別のことを考えながらできますよね(笑)。だからそんな時に考えているんだと思います。

町田康氏

あとはどこへ行くのも車ですから、運転している時にパッと思い付いたりします。知らない道を走る時は道順を考えたりしていますけれども、近所なら何も考えず無の状態で運転していますからね。都会と違って山しかなくて刺激が少ないし。都会だったら「こんな店ができたのか」とか、「ああ、きれいな姉ちゃんやな」とか、色々あるじゃないですか。そんなのも何もないので(笑)。

――音楽活動も小説を書く際に刺激になりますか?


町田康氏: 今はほとんど文章を書くことがメインですが、最近ライブをやるということで、月に1回ぐらい集まって練習しているんですけれど、そうするとちょっと書く方も「抜け」が良くなってくるというか、違う頭が刺激されて思い浮かぶことの幅が広がってくるような気がしますね。
僕らみたいな仕事に限らず、1つのことをやっているよりも、色んなことをやっている方が健全なのかという気がします。ずっとそればっかりやっていると、研ぎ澄まされて奥深くなっていくのかもしれないけれど、逆に言うと視野が狭くなるというか、深いんだけど一点だけというか。僕なんかは、色んなことをワサワサやっている方がいいような気がしますね。

――書き始めると筆はどんどん進みますか?


町田康氏: いや、そんなこともないです。集中力を欠く時もあるし、しんどくなってくる時もありますからね。書く時は緊張して、集中してやらなければならないですから、体力的にもう止めとこう、もうちょっと元気がある時にやろうということもあります。そういう時は、掃除したり、犬の散歩に行ったりしていますね。

――小説を書く時に、読者は意識して書かれていますか?


町田康氏: 読者というより、もう少し漠然としています。時々、細かいところで、こういう書き方をしたら自分は面白いけど、ちょっとわかりにくいのかなと思うことはあります。絶対にこっちの方がいいという時はそっちにしますけど、どっちでもいい時があるんです。「これでもええし、これでもええな」いう時は、意味が一緒ならよりわかりやすい、伝えやすい方にするということがありますね。

小説は「バカみたいな話」をしていいもの


――子どものころから小説をよく読まれていたのでしょうか?


町田康氏: 本を読むのは好きでしたね。小学校2年ぐらいの時から好きになって、学校に置いてある本とか、図書館にある本とかを読んでいたんだと思います。中学ぐらいになって、1つ上の友達が、北杜夫さんの本を読んでいて、「これ、おもろいよ」って教えてもらったのが、『船乗りクプクプの冒険』で、それが結構バカみたいな話で、「あ、小説ってバカみたいな話もありなんや」と思ったんです。学校に置いてあるような本ってある程度、まじめな本なので。小学校の時は日本史が好きで、歴史小説とかを読んでいたんですよ。それは読み物としては面白いんだけれども、ふざけたことってあんまり書いてないじゃないですか。もともとふざけているのが好きだった、というか面白いことが好きだったので、北杜夫をかなり読んでいましたね。しばらくしてから友達が筒井康隆の『にぎやかな未来』というのを読んでいたので、それも読んだら、めちゃくちゃで面白いなと思って、筒井さんも読むようになって、またしばらくして友達から野坂昭如さんの本を貸してもらって、ちょっとエロチックな話があったりして、それも年齢柄、読みたいなっていう気持ちもあって読んだりしていました。

――そのころは小説を書きたいというお考えはあったのでしょうか?


町田康氏: そういうことは全く考えなかったですね。ただ、本を読むのが好きでしたから、作文とかはうまかったですね。

――どんな書き方をされていたんでしょう。


町田康氏: 子どもだけど語彙的にちょっと捻って書くというようなことをやっていました。あとは、替え歌もやりましたね。中学が、新設校で校歌がなくて、途中から校歌ができたんですよ。校歌って、その土地の風景とか歴史とか盛り込んで、その学校がいかにプライド持てる学校かということを言って、「ああ、われらの何とか中学」とか、パターンが大体決まっているじゃないですか。それをむちゃくちゃ極道な感じのやつに替えたりして遊んでいました。

音楽も小説も、勧められて「ほんならやろうか」


――音楽を始められたきっかけはどういったことでしたか?


町田康氏: それも友達からで、「バンドをしようか」みたいな話になったんです。でも今みたいに色々な情報があるわけじゃないんで、どうやってやっていいかわからない。リハーサルスタジオなんてどこにあるかわからないし、雑誌もあったんだろうけどたくさんはなかった。バンドをやっている知り合いがいればまた違ったのかもしれないけど、あんまりいなくて、友達の友達みたいなのに教わりながら。最初はもうむちゃくちゃでしたけどね。ちゃんと演奏できてない。それでもその友達が「場所借りてライブしようけ」とか言って、学校でチケットを売ったりとか、そういうことをやってるうちに、やってるやつの人数が少なかったから自然とネットワークができてくるんです。当時は電話しかないから電話で「ほんなら会おうけ」と、京都とか神戸とかにネットワークが広がってきて、そうすると今度は、自分は高校生だけど、大学生とか普通に働いている人とかとも知り合いになって、「ここのライブハウスでやったらどうやねん」とか言ってくれて、だんだんやるようになっていったんですよね。

――そのころは音楽に明け暮れていたような感じですか?


町田康氏

町田康氏: そうですね。割とそればっかりやっていましたね。飲みに行ったりするわけじゃないし、当時は今ほど情報もなかったですから。1個のことをやっていると、それぐらいしかやることなかった。他の同級生は何をしていたかといったら、ちょっと悪いようなやつはディスコとか行っていました。僕らはそれがライブハウスで、そのまま今に至るっていう感じです。

――音楽の歌詞から、小説執筆に至るまでは、どのような流れだったのでしょう。


町田康氏: 歌詞の延長線上ですかね。普通のロックの兄ちゃんが書くような歌詞を書いても面白くないということで、捻ったというか、色んな表現を入れながら工夫してやっていたら、出版社の人から、詩を書いてみないかと言われて、「ほんならやろうか」と書いたら、その詩を見た人が、もうちょっと平たい文章をという話になって「ほんならやろうか」とやっているうちに、今度は小説書かないか、という話になって「ほんならやろうか」で今、という感じですね。

目的なんかなく、面白そうなものをやっただけ


――音楽も小説も、周りの勧めがきっかけなのですね。


町田康氏: 今、割とビックリするのは、若いミュージシャンの子とかと話していると、ミュージシャンになろうと思って、ミュージシャンの学校に行って、努力してミュージシャンになっていたりしているじゃないですか(笑)。正直、あれがわからないんですよ。そんな努力してやるようなことか、みたいな。どっちかといえば怠けたいからやるもんで、まじめにやるんだったら、もっと社会に役立つ何かを…(笑)。今は時代が変わって、日本のアニメーションとかは世界的に評価されているから、そういうのも1つの輸出産業かもしれないけど、普通に勉強して、何か発明してノーベル賞とか、製造業とか、もっと堅い世界に行ったらという風には思いますけどね。

――勧められたことを、「ほんならやろうか」と思うのはどういう時でしょう?


町田康氏: 基本的には面白そうと思ったものをやったっていうのはあります。嫌々やったっていうことはないですね。面白いことは一生懸命やるじゃないですか。面白いから。ただ、何か目的があるとあんまり面白くないと思うんです。例えば、僕は若いころから、本だけ読んで生きていけたらどんだけ幸せかと思ってますが、仕事で書評を書かなくてはいけないとか、選考会で意見を言わなきゃいけないと思ったら、読むのがすごく嫌になる(笑)。仕事にしてしまうと、どうしても責任が生じて、金も生じるから、面白さだけではやっていけない。

最初にやる時は、別に金になるわけでもないし、僕が小説を書いた時も、出版社が買ってくれるとは限らなかったんです。向こうもただ書いてみれば、って言っているだけだし、こっちもただ書いているだけだから。アマチュアの方が逆に真剣になれるっていう感じがありますよね。
目的があったら、小説書いたり何なりするのはその目的のための手段じゃないですか。小説を書くこと自体が目的というより、小説家になることが目的とか、雑誌に載せてもらうことが目的になったら面白くないですよね。例えば会社に入ることが目的だったら、会社に入ってもすることがない。どんな事業をやりたいっていうのがあったら、仕事は面白いと思うけれど。まあ、会社の場合は、そんなやつが入ってきたら真っ先にたたきつぶすと思いますけど(笑)。

紙、リーダー、読みやすいもので読めばいい


――町田さんは電子書籍を利用されていますか?


町田康氏: まだブックリーダーを持ってないので、どんな感じか想像がつかないんですよね。Kindleを買おうかなと思ったんですけど、まだいいかと思って。老眼がもっと進んだら要るかもしれませんけどね。
ちょっと電子書籍から離れるんですけれど、スマートフォンってあるでしょう。あれも何で必要か、意味がわからなかったんですけど、動画を見たり、音楽を聴いたりしてるのを見て「あ、要るかも」って思ったんですよ。なぜかというと、茶わんを洗ったり掃除したりする時に、さっき言ったように何も考えてない時もあって、暇なんですね。でもテレビをつけると、テレビってしょうもないでしょう。テレビを見るとバカになりそうですから、ノートパソコンでYou Tubeとかで落語とか音楽とか、茶わんを洗いながら聴けると思ったんです。でも、茶わんを洗ったら水の音がやかましいじゃないですか。掃除機もやかましいから、ヘッドホンで聴かなきゃならないんだけど、ノートパソコンを持っていったら、いちいち水がかかったり、ヘッドホンが届かなくなったりする(笑)。ああ、そうか、そのためにスマートフォンがあるのかと思ったんですね。

町田康氏

でもスマートフォンはみんな持っているから、買うのは絶対嫌だと思って。オリンピックとかも絶対横向いて見ない人間ですから(笑)。それでiPodってあるでしょ?あれ初期型から何度か買っているんですけど、全然使ってなかったんです。今のiPodだったら、スマートフォンから電話を引いたようなものだと思って(笑)。別に家の中だけで使えればいいから、電話は付いている必要ないし、実に快適なんですね。You Tubeは見られませんけどね。それで、ああ、こういう可搬性があれば便利だなと初めて思ったんですね。

――電子書籍の普及を町田さんは、どのように感じていますか?


町田康氏: それは時代の流れで、それが読みやすい人はそれで読んだらいいんじゃないかと思いますね。紙の方が頭に入ってくる人は紙で読めばいいし、ブックリーダーみたいなもので読むのがいい人はそれで読んだらいいと思います。読みにくいもので無理に読む必要もないですしね。ただ、まだ紙の方が読みやすい人の方が多いんじゃないですか。先のことだからこれからどうなるかわかりませんけど。

朗読付きの本には可能性がある


――町田さんご自身は、愛着を感じますか?


町田康氏: 本の装丁とか手触りとかは、やっぱり昔の人間だから、いいなと思います。LPからCDに変わった時に、CDのメーカーはCDがいかに素晴らしいかを言っていたけど、やっぱりLPの方が作品性は高かったですよね。ジャケットも凝ったアートワークで、物を買うという感じがした。CDになって、パッケージを買うというよりは中身だけ買う感じになった。今はネットでバラバラに買って、パッケージすらなくて、本当にデータだけを売っています。昔を知っている人間としては、寂しいといえば寂しいですね。じゃあ自分がLP買うかといったら別に買わないんですけど。
もうひとつ言うと、 20年前に買った本を読めるかどうか。ブックリーダーは、ハードディスクの奥底に沈んでしまったものをもう1回読むことがあるんでしょうか。勝手に出てくることはないから、自分で探すしかないでしょう。本なら引っ越しの時に勝手に出てきて「こんな本あったわ」みたいなのがあって、昔のことを急に思い出したりとか、タイムマシン効果があるでしょう。文庫本なんかだと、同じものが5冊ぐらいあったりする(笑)。まあ、それは必要かどうかはわからないですけど、そんな楽しさ。楽しさっていうか、間抜けさっていうかはないでしょうね。

――電子書籍で書き方に変化はありそうですか?

町田康氏

町田康氏: 書く中身は変わらないと思います。例えば、小説に音が入っている、みたいなものは、ありえない。文字だけの方が絶対、訴える力が強いし、情報が少ない方が読む方は興奮できる。ドラマとかで、感動的なシーンになったら、どこからともなくピアノの音が聴こえてくるでしょう。「それ、誰が弾いてんねん」みたいな(笑)。小説があんなふうになったら、もう小説である意味がないと思います。ただ、前に、DVDで萩原朔太郎の詩を僕が朗読して、それに絵が付いているっていうのをやったことあるんですけど、そういうものだったら面白いかもしれません。DVDだと、いちいちプレーヤーに入れてテレビつけて、面倒くさいですからね。
『新潮』っていう雑誌でも詩の朗読をやって、それは紙の本があって、付属でCDが付いているという感じでしたけど、それが一体になっていたら、より便利でしょうね。やるかどうかは別として、やろうと思えばできますね。

――今後の予定について伺います。


町田康氏: 特に「これをやるんだ!」といった挑戦めいた事や意気込みはありません。丸のこぎりを買って使ってみたのは挑戦と言えるかもしれません、あれは便利ですね。(笑)
予定という事で言うと、冒頭にお話しした朗読と演奏のライブを考えています。執筆では、今度、文藝で『義経記』という説話文学の現代語訳をやりますね。一風変わった珍しいものになるんではないでしょうか。ただ、今まで歩んできたように「ほんならやろうか」といって何かを始めたり、そこから生まれてくる新しいことには、大事にしたいし、拒否せず、楽しんでいきたいですね。

(聞き手:沖中幸太郎)

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