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世界中の本好きのために

町田康

Profile

1962年大阪生まれ。高校時代より町田町蔵の名で音楽活動を始める。ロックバンド「INU」のボーカリストを務め、昭和56年/1981年にアルバムデビュー。以後様々なバンドの結成・解散を繰り返す。97年に処女小説『くっすん大黒』で野間文芸新人賞、Bunkamuraドゥマゴ文学賞、2000年には「きれぎれ」で芥川賞を受賞する。01年詩集『土間の四十八滝』で萩原朔太郎賞、02年「権現の踊り子」で川端康成文学賞を受賞。05年『告白』で谷崎潤一郎賞、08年『宿屋めぐり』で野間文芸賞を受賞。他に『夫婦茶碗』『屈辱ポンチ』『パンク侍、斬られて候』『テースト・オブ・苦虫シリーズ』など多数。近著では『スピンク合財帖』などがある。

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紙、リーダー、読みやすいもので読めばいい


――町田さんは電子書籍を利用されていますか?


町田康氏: まだブックリーダーを持ってないので、どんな感じか想像がつかないんですよね。Kindleを買おうかなと思ったんですけど、まだいいかと思って。老眼がもっと進んだら要るかもしれませんけどね。
ちょっと電子書籍から離れるんですけれど、スマートフォンってあるでしょう。あれも何で必要か、意味がわからなかったんですけど、動画を見たり、音楽を聴いたりしてるのを見て「あ、要るかも」って思ったんですよ。なぜかというと、茶わんを洗ったり掃除したりする時に、さっき言ったように何も考えてない時もあって、暇なんですね。でもテレビをつけると、テレビってしょうもないでしょう。テレビを見るとバカになりそうですから、ノートパソコンでYou Tubeとかで落語とか音楽とか、茶わんを洗いながら聴けると思ったんです。でも、茶わんを洗ったら水の音がやかましいじゃないですか。掃除機もやかましいから、ヘッドホンで聴かなきゃならないんだけど、ノートパソコンを持っていったら、いちいち水がかかったり、ヘッドホンが届かなくなったりする(笑)。ああ、そうか、そのためにスマートフォンがあるのかと思ったんですね。

町田康氏

でもスマートフォンはみんな持っているから、買うのは絶対嫌だと思って。オリンピックとかも絶対横向いて見ない人間ですから(笑)。それでiPodってあるでしょ?あれ初期型から何度か買っているんですけど、全然使ってなかったんです。今のiPodだったら、スマートフォンから電話を引いたようなものだと思って(笑)。別に家の中だけで使えればいいから、電話は付いている必要ないし、実に快適なんですね。You Tubeは見られませんけどね。それで、ああ、こういう可搬性があれば便利だなと初めて思ったんですね。

――電子書籍の普及を町田さんは、どのように感じていますか?


町田康氏: それは時代の流れで、それが読みやすい人はそれで読んだらいいんじゃないかと思いますね。紙の方が頭に入ってくる人は紙で読めばいいし、ブックリーダーみたいなもので読むのがいい人はそれで読んだらいいと思います。読みにくいもので無理に読む必要もないですしね。ただ、まだ紙の方が読みやすい人の方が多いんじゃないですか。先のことだからこれからどうなるかわかりませんけど。

朗読付きの本には可能性がある


――町田さんご自身は、愛着を感じますか?


町田康氏: 本の装丁とか手触りとかは、やっぱり昔の人間だから、いいなと思います。LPからCDに変わった時に、CDのメーカーはCDがいかに素晴らしいかを言っていたけど、やっぱりLPの方が作品性は高かったですよね。ジャケットも凝ったアートワークで、物を買うという感じがした。CDになって、パッケージを買うというよりは中身だけ買う感じになった。今はネットでバラバラに買って、パッケージすらなくて、本当にデータだけを売っています。昔を知っている人間としては、寂しいといえば寂しいですね。じゃあ自分がLP買うかといったら別に買わないんですけど。
もうひとつ言うと、 20年前に買った本を読めるかどうか。ブックリーダーは、ハードディスクの奥底に沈んでしまったものをもう1回読むことがあるんでしょうか。勝手に出てくることはないから、自分で探すしかないでしょう。本なら引っ越しの時に勝手に出てきて「こんな本あったわ」みたいなのがあって、昔のことを急に思い出したりとか、タイムマシン効果があるでしょう。文庫本なんかだと、同じものが5冊ぐらいあったりする(笑)。まあ、それは必要かどうかはわからないですけど、そんな楽しさ。楽しさっていうか、間抜けさっていうかはないでしょうね。

――電子書籍で書き方に変化はありそうですか?

町田康氏

町田康氏: 書く中身は変わらないと思います。例えば、小説に音が入っている、みたいなものは、ありえない。文字だけの方が絶対、訴える力が強いし、情報が少ない方が読む方は興奮できる。ドラマとかで、感動的なシーンになったら、どこからともなくピアノの音が聴こえてくるでしょう。「それ、誰が弾いてんねん」みたいな(笑)。小説があんなふうになったら、もう小説である意味がないと思います。ただ、前に、DVDで萩原朔太郎の詩を僕が朗読して、それに絵が付いているっていうのをやったことあるんですけど、そういうものだったら面白いかもしれません。DVDだと、いちいちプレーヤーに入れてテレビつけて、面倒くさいですからね。
『新潮』っていう雑誌でも詩の朗読をやって、それは紙の本があって、付属でCDが付いているという感じでしたけど、それが一体になっていたら、より便利でしょうね。やるかどうかは別として、やろうと思えばできますね。

――今後の予定について伺います。


町田康氏: 特に「これをやるんだ!」といった挑戦めいた事や意気込みはありません。丸のこぎりを買って使ってみたのは挑戦と言えるかもしれません、あれは便利ですね。(笑)
予定という事で言うと、冒頭にお話しした朗読と演奏のライブを考えています。執筆では、今度、文藝で『義経記』という説話文学の現代語訳をやりますね。一風変わった珍しいものになるんではないでしょうか。ただ、今まで歩んできたように「ほんならやろうか」といって何かを始めたり、そこから生まれてくる新しいことには、大事にしたいし、拒否せず、楽しんでいきたいですね。

(聞き手:沖中幸太郎)

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