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世界中の本好きのために

林望

Profile

1949年東京生まれ。慶應義塾大学卒業、同大学院博士課程修了。ケンブリッジ大学客員教授、東京藝術大学助教授等を歴任。専門は、日本書誌学・国文学。ケンブリッジ大学やロンドン大学の日本文献書誌を編纂。1991年 『イギリスはおいしい』で日本エッセイスト・クラブ賞。1992年 『ケンブリッジ大学所蔵和漢古書総合目録』で国際交流奨励賞。1993年 『林望のイギリス観察辞典』で講談社エッセイ賞を受賞。国文学・書誌学のほか、研究論文、エッセイ、小説の他、歌曲等の詩作、能評論、 自動車評論等、著書多数。

Book Information

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よい本も課税を避けるために断裁せざるを得ない。


――新刊本が、すぐ新古書店の市場で出回って著者に1銭も入らなくなってしまうという現状についてはどう思いますか?


林望氏: それはしょうがないですよ。ブックオフだってお金を出して買うことには間違いないわけですし。ただ問題は、出版社が儲からないからすぐに絶版しちゃって、例えば3000部残部があっても全部断裁して捨てちゃう。在庫として持っていることはないんですよ。どうしてかというと、例えば出版社に在庫として1冊が2000円の本が3000部あったとします。そうするとそれは600万円が出版社の固定資産としてみなされて課税される。出版社が在庫をたくさん抱えていると倒れちゃうから、売れなくなった本はどんなに内容がよくても、かたっぱしから捨てていくんです。だから書物在庫に課税しないという税制の改正がないと、おそらくこの国の出版社は潰れます。でも出版社が、売れないから捨てちゃうよりは例えば1年に1回イギリスの出版社みたいにバーゲンセールの時期を設けて、7月の後半だけ半額で出すとかできればいいけど、そういうことは再販制度で認められていないわけですよね。だから結局ディスカウントもできないし、そのまま持ってりゃ課税されてなんのもうけにもならないから、出版社の立場になってみたら断裁して捨てちゃうっていうのはしょうがないですよ。

――先ほど違法コピーの話がありましたが、例えば、著作をスキャニングされるごとに、利益の還元があったりということが技術的には可能だと思いますが、そのような可能性についてはどのように考えられていますか?


林望氏: やっぱりそこが一番大事ですよね。著作権のあるものに関しては作家がいるから商売が成り立つんだという基本を忘れて勝手にやってはいけないことですよね。

――先生の本もたくさん電子化の依頼が来ているのですが、どう思われますか?


林望氏: それは電子化してiPadなんかで読みたいということですね。うちの中に本をたくさん置いておくわけにはいかないからということなんでしょう。

美しい紙の本。本が『そこにある』ことが教育に。


――処分したくない、捨てたくないという読者がそういった読み方をされることについてご意見をお聞かせください。


林望氏: 読書っていうのは、読んだその時の問題だけじゃなくて、実はオブジェクトとしての書物があるというのが非常に大事じゃないかと僕は思うんです。例えば書店さんに行ってずらっと本が並んでいる。その中で、こんな本もある、こんな本もあるって発見がある。でも、電子化されたものをリストで見る場合にはそれがないんです。日本人は書物の「もの」としての充足感というか、そういうことをすごく重んじる民族だと思います。しかも、一度読んで「ああ面白かったな」と思って本棚に置いておくと、後でその本を見ただけで面白かったことが、リマインドされるんですよ。通りかかるたびに何度も何度も記憶が新たになっていくから、だんだん身についてくるんです。でもこれを電子で読んじゃったら二度と目に触れない。書物がそこにあるという存在感がが重要なインテリジェンスの一部だという風に思うのでね。なんでもかんでも電子化したらいいものじゃなくて、もし本当に自分にとって大事な感銘を受けた本だなと思うものはちゃんと紙の本で持っておいたほうがいい。それが何よりの教育だと思う。 例えば、うちに1冊も本のないところで育った子どもと、家中に本のあるところで育った子どもとでは、おのずと差がでますよ。本ってものは読めって言ったら読む気がしない。でも、不思議なことに置いておくと、読むなよっていわれても読む気がするもんなんです。そこに本があるということが最大の教育です。塾にやるよりも、家庭教師をつけるよりも、本があることの景色が大事だって僕は言っているんです。そういうことは電子化とは厳しく矛盾する。そしてやっぱり、書物というものに対する尊敬の念というか、愛着心というかそういうものをなくしてほしくない。電子だけ読んでいたのではきっとなんの愛着も起こってこないだろうと思います。例えば僕の大好きな詩なんかはそうです。

――詩集などは本そのものの美しさがありますが、特にお好きな装丁の本はありますか?


林望氏

林望氏: ちょっといいものをお見せしましょう(本を取りに行く)。これは『青い夜道』という詩集で25番という番号がついています。田中冬二っていう人の本ですけど、活版の活字が紙に押されているのを見ると何かしみじみといいでしょう。でこぼこというか圧力というか、和紙風の紙にきれいに刷られている。その風合いというか。これはオブジェクトとしての書物の美しさというものが非常に大きな役割を果たしているというべきですよね。電子にしちゃったらなんにもならないような、目に染みこんでくるような何かがあるんですね。また、これは長谷川巳之吉っていう人が経営していた第一書房で出していたもので、昭和4年の初版本です。本当に美しいなと思うんですね。こういう美しい本を眺めているだけで、心が慰められるということがある。だからうまく住み分けてほしいと思うんですね。こういうものの味がわかる人もいてほしい。美しい本が棚に並んでいるだけで、人生が豊かになると思います。

源氏物語も電子書籍で。改定しやすさを最大限に活用。


――最近、よく「紙vs電子」とか「本がなくなる」とか言われることがありますが、共存していくべきだということでしょうか?


林望氏: 紙は絶対なくならないですよ。ただ、置いておかなくてもいい本もあるわけですよね。これは一度読んだけど、捨てちゃうのも忍びないから置いておこうかとみたいなものは、それは電子であればいいだろうと思いますけどね。それに、本を持ち歩かなくてはいけない場合は、電子化は非常にありがたいことだと思います。だから、スキャンして電子化するということは著作権違反でけしからんとか言ってるけど、そういう単純な問題ではないと僕は思っていますね。

――電子書籍の利便性を取り入れつつ、紙の本のすばらしさも再認識できるような出版業界にするために必要なことは何でしょうか?


林望氏: 出版社が潰れてはいいものが出なくなっちゃうので、いいものにはお金を惜しまないっていう考え方が大切です。昔は本は今より何倍も高かったんだということを、ジャーナリズムの人はちゃんと一般の人に知らせて、今は本が安すぎるということを意識してもらえたらいいですね。つまらない腕時計だとかそういうものに何10万も投じる人はいくらもいるんだけども、1冊の本に5000円っていうとみんな買わないという不思議な世界ですからね。

――源氏物語を含め、これからのお仕事の展望をお聞かせください。

林望氏

林望氏: 源氏が、あと7、8ヶ月では全部片付くと思います。そうしたらその源氏も電子本として、同時に自分で朗読して音声本としても出る予定で、朗読も第7巻までは済みました。朗読とテキストが組みになったのも出るんです。もちろん文庫本にもするし、マルチメディアに展開してくつもりです。今は詰めに入っているところです。僕が電子本でやるのはテキストが直せるからなんですよ。電子テキストって自由に直せるじゃないですか。画像だったらダメだけど、ちゃんとテキスト化してあったらミスプリントだとか、考え違いのところを後から訂正することができる。そうしたら、常に最新の間違いのないものは電子本に入っていますって言えば済むようになる。源氏なんかは、どうしたって長いものの中にはミスがあるんですよ。解釈の間違いだとか、後で考えたらこっちのほうがいいだとか、ミスでちょっと抜けてしまっただとか。単なる校正ミスっていうのもあるし、今も刷るたびに直していますが。電子との住み分け、使い分けが重要で、だから僕は早く電子本を出してくださいって前から言っているんですね。

――源氏物語の後は、現代語訳に取り組みたい作品はありますか?


林望氏: 詳しくは考えていないですけど、古典文学の一連のものをほかもやってくれっていう話があります。平家物語だとか色々あるんじゃないかなと思うけど。古典は豊かな世界だからね。当分仕事はなくならないですよ。

(聞き手:沖中幸太郎)

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