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世界中の本好きのために

林望

Profile

1949年東京生まれ。慶應義塾大学卒業、同大学院博士課程修了。ケンブリッジ大学客員教授、東京藝術大学助教授等を歴任。専門は、日本書誌学・国文学。ケンブリッジ大学やロンドン大学の日本文献書誌を編纂。1991年 『イギリスはおいしい』で日本エッセイスト・クラブ賞。1992年 『ケンブリッジ大学所蔵和漢古書総合目録』で国際交流奨励賞。1993年 『林望のイギリス観察辞典』で講談社エッセイ賞を受賞。国文学・書誌学のほか、研究論文、エッセイ、小説の他、歌曲等の詩作、能評論、 自動車評論等、著書多数。

Book Information

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つまらなかった国語の授業。救いは古典文学だった


――その中で印象深い本や、読書に関する思い出などはありますか?


林望氏: 僕らの戸山高校は当時、日教組の牙城のようなところで、授業がちょっと偏ったところがあった。特に現代国語は非常に偏っていました。ひとことで言ってつまらなかった。本というものはもっと自由に読むべきものだと思うんだけど、すぐに、「この作品のテーマは現代社会に於ける人間疎外に対して…」とか言い出す。でも別に人間疎外を持ちださなくても、ストーリーが面白ければそれでいいじゃないかと僕は思っていたわけです。だから現代国語の教師たちに対して反発ばかり感じて、自分が現代国語の教師であったらこのようなつまらない授業はしないと思いました。ただ救いはね、高校生の時に読んだ平家物語だとか、古典文学や漢文がなかなか面白かった。だから高校を卒業するときに、古典の先生になろうと思って慶応の文学部に進んだんです。その前は萩原朔太郎の詩に傾倒していたので詩人になりたいと思っていました。でもなかなか詩人というものはなろうと思ってなれるものじゃないじゃないですか。まさか詩人という表札を出すわけにも行かないし。それは生業の種にはならないので、学校の先生になろうと思った。ついては国文学の先生になろうということで、全く迷いもなく国文科に進んで、大学院の修士課程博士課程と進んでそのまま研究者になってしまった。

――少年期は、書くことはお好きでしたか?


林望氏: 書くということは大好きでした。それと、少年のころに虫や鳥や草木を観察して楽しんでいて、誰に頼まれたわけじゃなく、自分で空想百科事典みたいなものを書いていたことがあるんですよ。空想上の動物や植物を絵に描いて細かに百科事典みたいにしていくという遊びをやっていたわけ。だから対象物に対してへ理屈をこねるんじゃなくて、百科全書的に実証したいというような頭の働きなんでしょうね。例えばここに1冊の本があると、何時代のもので、どういうものでということをあたかも動植物を分類するようにきちっとわからないと、中身が読めないわけです。古いものだと思って読んでいたら、江戸時代の末期に書かれたものだなんて言ったら話にならない。だから、まずは文献としてのありよう、正しい姿っていうものをきちんと勉強しようと思って、書誌学という勉強をずっと10年ぐらいやったんです。そうしたらそれが一種の本業のようになってしまって、ケンブリッジ大学とオックスフォード大学で研究するためにイギリスに行くことになったんです。

パソコンは創世記から。『しらみつぶし』の執筆作業


――『ケンブリッジ大学所蔵 和漢古書総合目録』を編さんしているころからパソコンを使っていたと伺いました。コンピューターを使うようになったきっかけを教えてください。


林望氏: まだその時はパソコンというものはほとんど学術的な用途においては使えないレベルでした。僕が最初に飛びついた1984年ころは、PC8801なんて言っているころで、まだ8ビットでしたね。今は64ビットぐらいでしょう。私が最初に手にしたのはPC6001というオモチャのようなマシンで、記憶媒体はカセットテープでした。パソコン黎明期です。その後にワープロ専用機っていうのが出てきて、『文豪』のV50っていうワープロを早速買ったけど全然使えなかった。それでシャープの『書院』っていうのを使っていたんだけど、32ビット機ではあったんだけど非常にメモリーが小さくて学術的なものを大体5、6ページ入力するといっぱいになっちゃう。何百ページというものをいっぺんに編集することはできないわけです。そのころようやくPC98が出てきたけれど、MS/DOSのコマンドを手入力して、記憶媒体は5インチのフロッピー、まだWindowsなんて影も形もない。(資料を取り出して)これがケンブリッジの目録だけども、最初は書院で、途中からは9801と初期のMacで編集したものです。98では『松』というワープロを使ったんですが、非常に不自由で、JISは当時第2水準までしか使えなかったので、ドットをいちいち埋めて作字をしなくちゃいけませんでした。それでデータをコンバートすると全部消えちゃうわけだから、またしらみつぶしに探してっていう。

――今のパソコンと比べるといかがですか?

林望氏

林望氏: いやあ、このころはまるで縄文時代ですよ(笑)。そうこうしているうちにMacintoshが出てきた。(資料を見て)この資料はアウトラインフォントの明朝体で98のドットインパクトの字とは違うでしょ。これはMacintoshのはしりですね。それでフォントの大きさの違う脚注がつけられたりとか、そういうことは当時Macintoshでしかできなかったので、早速『SE/30』っていう小さいやつを買ってやっていたんですよね。 だけど『SE/30』っていうのは全く小さなおもちゃみたいなやつだったんだけど、プリンターとワンセットで90万円もしたんです。だから大変なお金がかかる。今みたいに5万円も出せばいいコンピューターが買える、6千円も出せばいいプリンターが買えるっていう時代じゃないから。それから後ろのほうにある索引は98でデータをいちいち切り出して作ったんです。もともとのデータが単なるテキストなので、全部自分でデータを別々に切って、データベースの中にひとつひとつのデータとして整列させて、それにいちいち読みを入力していかなければならない。ばかみたいな手間がかかっています。たった2人で、6年間でやったんですけどね、よくやりましたよね。若かったからできた。

学術書はネット古書店で購入して効率アップをはかる


――パソコンの発展で、書き手として仕事の内容が最も変わったところはありますか?


林望氏: 非常にありがたいことは、画像データを気軽に扱えることになったっていうことです。学術的には文献の写真を撮って、画像のままでデータとして処理できれば一番いいわけです。ところが昔は写真に撮るとメモリーがすごく大きいので、すぐいっぱいになっちゃってとても扱えなかった。今ようやく記憶容量が本体のほうでも3テラバイトぐらい行くようになったし、何10テラという記憶容量のハードディスクが出てきましたので、やっと扱えるようになったなという印象です。僕も1990年ぐらいに画像のデータベース化をいち早く試みるんですけども、全く使い物にならなかったですね。

――これからのパソコンに望むことはありますか?


林望氏: 今のパソコンというのは僕らからすると余計な機能がいっぱいついている。もっと単純な機能に集中して使いやすくて故障しないものができないかなと思います。ゲームはゲーム機に特化してほしい。ゲームはビジネスをやる人間には必要ないんです。ビジネス機はゲームなんかできないっていうぐらいでいいと思います。色々つけると重くなっちゃうから。

――書籍を購入されるときもネットで購入されていますか?


林望氏: ほとんどネットですね。この周りにはまともな書店はないしね。普通の書店さんは、専門的な本になると出てこないですよ。雑誌とかベストセラーとか実用書ばっかりですよね。ですから僕が必要とする古典の研究書などは一般の書店にはない。といってそれを探しにジュンク堂だとか紀伊國屋に行っていたんじゃ丸1日潰れちゃうし、そんな暇はない。幸いなことにネットで検索するとどこでも出てきますからね。コンピューターとインターネットからどれだけ恩恵をこうむっているかはわからない。

――ネットの書店はどこをよく利用されていますか?


林望氏: 1つは『スーパー源氏』っていう古書の検索サイト。それから神田の古書店さんがやっている『古書ネット』。それから全国の古書店さんのやっている『日本の古本屋』というサイトがあるんです。その3つを検索すると必要とする書籍が大体出てきます。どの古書店も自分のところの目録をネットワークで電子的に出しているわけですね。そうすると全部検索できるから、A書店は8000円、B書店は6000円、C書店は2500円とか出てきますから、一番安いものを買えばいい。

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